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2007年3月17日 (土)

リンパ腫治療経過(再発後)

↓の続きです。

8月23日
・・・最悪 寛解の喜びも束の間。再発してしまった。先生から「再発です」と言われ、頭が真っ白になった。やっぱりこの世に神様なんていないよ。
ピーちゃん・・・ごめんね。また頑張ろうね。オンコビン投与。

8月30日
エンドキサン投与。夜、仕事から帰るとピースケが嘔吐していた。息も荒い。

9月6日
好中球が2400しかなかったため、抗がん剤は延期。
今回はどのくらいの期間治療するのか尋ねてみた。少しやり方が変わるが25週。また半年間かぁ。。。先生は初め「基本的にはずっとです」と言っていた。それって、死ぬまでってこと?やっぱり何年も生きることを期待しちゃいけないの?

9月13日
オンコビン投与。
昨日夕方呼吸が荒くちょっと具合が悪そうだったことを先生に伝えるもあまり反応なし。

9月20日
今日はピーちゃんの誕生日。1月にリンパ腫を発症して、半年~1年の命と言われていたからこの日を無事迎えられて本当に嬉しい!
今日はアドリアマイシン点滴の予定だったが、また骨髄抑制で延期になった。レバーとか馬肉が鉄分豊富で造血にいいと思い食べさせていたが、骨髄抑制は造血機能自体が低下しているのであまり意味がないらしい。とにかく来週までに体力付けておかないとね。頑張るぞー。オー!

9月27日
今日は白血球が充分回復しているので点滴しましょう。と言われ、アドリアマイシンを投与した。最後に先生に白血球の数値を尋ねると、実は今日は試薬が古くてハッキリした数は判らないと言われた。え~~~?!ってかんじ。先生、頼みますよー。副作用の下痢止めをもらう。

10月11日
オンコビン投与の日。前回アドリアマイシンだったので副作用が心配だったが元気に乗り切ってくれた。ただ、10/6に原因不明の右足痙攣が起きてちょっとパニック。そのことも報告したが何の回答もなし。

10月18日
やっぱり・・・骨髄抑制起こしていた。エンドキサンは延期。

10月25日
白血球の数は充分戻っている。ということで、エンドキサン投与。それにしても、充分戻っているって、一体どのくらいの数なんだろう。こちらが聞かないと教えてくれないのがちょっと不満。

11月1日
いつもは白血球が減少しているが今回は血小板が減っていた。7600以上が目安だというのに5300しかない。

11月8日
オンコビン投与

11月15日
案の定白血球が減っていた。

11月22日
アドリアマイシン投与。この頃毛抜けが激しいので調べてもらったら、自然な脱毛ではなく、こすったり掻いたりした可能性が高いとの事。

12月20日
エンドキサン投与。最後に肛門腺を絞ってもらった。これできれいなお知りでお正月を迎えられるね。

2006年1月4日
今年初の抗がん剤。今日はパパさんに通院をお願いした。血液も問題なくオンコビン投与できたらしい。見たことない男の先生がいたらしい。

1月14日
12日の朝からピーちゃんの様子がおかしい。落ち着きのない様子で背伸びのポーズを繰り返す。元気も食欲もない。2日間様子をみたが、ウンチしなかった。やっぱり心配なので病院へ行った。たしか去年の4月にも同じような事があったが、その時もオンコビン投与の1週間後くらいだったので、何らかの影響があるのだろうけど結局のところ先生もよくわからないらしい。とりあえず抗生剤をもらって様子をみることになった。

1月18日
12日に元気がなくなってから食欲が落ちていたのに、今日はコタツから出てきてごはんを食べてくれた♪病院でN先生が治療の方針について詳しく説明してくれた。
これまで行ってきた治療は多剤療法といって何種類かの抗がん剤を組み合わせたもの。1~7月までのやり方は、初めの6週間が導入期、その後が維持期。再発してからは25週すべて導入期と考えていいらしい。
今のところ寛解しているが、もし今度再燃することがあれば、今の治療法は限界らしい。メクレタミンという薬があるそうだが、これは入手困難らしい。先生も調べてくれる事になった。
今日の抗がん剤はアドリアマイシン

2月1日
オンコビン投与。血液の状態は白血球が1800しかなかったが、注射決行となった。前回N先生の話では、もし再燃したらレスキュー療法を行うとおっしゃっていたが、今日の話ではもう一度これまでのプロトコルを試してみる価値はあるとの事。でも、治療中に再燃した場合は限界らしい。ロムスチンを使うか、薬剤耐性を打ち消す薬を前投与してからオンコビンなどを投与するやり方も一つの方法らしい。とにかくそんな治療に至らないに限る。神様、どうかこの治療が終わったら、ずーっと寛解していられますように。

2月15日
エンドキサン投与の日。N先生よりレスキュー療法の話あり。先日東京で犬のがん治療の第一人者のK先生にアドバイスしてもらったそう。
血液はなんとかギリギリ投与できる状態だったのでエンドキサンを打ってもらった。

3月1日
オンコビン投与。N先生より再発した時の話あり。一番寛解率の高いMOPPは、メクレタミンという薬が入手困難であるということ、アドリアマイシンはもう使えないということ。故にアドリアマイシン抜きで今までの抗がん剤を使ってみて、ダメならロムスチンを使う事になりそう。

3月15日
このプロトコル最後の予定。
アドリアマイシン点滴中にN先生より今日の治療で一旦抗がん剤を切ると言われた。
今日N先生が「このコがリンパ腫になって、こんな若い子がどうして・・・って可哀想で仕方なかった」と目に涙を浮かべて言ってくれた。すごくありがたかった。つい最近亡くなった子で、リンパ腫だった大型犬がいたそうだが、飼い主さんの都合や金銭的な問題で途中で治療を止めたにもかかわらず、3年1ヶ月生きた子がいるらしい。しかも、最初病院に来た時は瀕死の状態だったのに、治療を始めてからはずっと元気なまま3年過ごし、死因はリンパ腫ではなく他の臓器の癌だったとか。こんな子もいるんだー。希望が出てきたぞ~!ピーちゃん、1年2ヶ月お疲れ様。ピーちゃんは強い子だから、ずっと元気でいてくれると信じてるよ!

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最後まで読んでくださった方、お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。

ピースケがみんなの希望の星であり続けられるよう支えながら、毎日を大切に過ごしていきます。これからもよろしくお願いします。

そして、現在闘病中の皆さん。希望を持って頑張ってください!

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コメント

はい!

投稿: ポンボク | 2007年3月17日 (土) 20時05分

長い間、治療お疲れ様だったね。
副作用もいっぱいあったのに乗り切って寛解維持しててスゴイよ。たくさん闘った証だね(^_^)
もう絶対ぜ~ったいに再発しませんように☆彡
ピーちゃんが通院している病院は血液検査の結果、紙とかに書いて、もらえないんですか!?
口頭だけだったら判りにくいですよね・・
ちょっとどうでもいい話・・1月4日、琴も同じ日に新年最初の抗がん剤投与した日でした(^^ゞ一緒のように頑張ってたんですね。

投稿: リン | 2007年3月18日 (日) 11時43分

ちっちーが治療を始めた頃は、ピーちゃんもまだ治療中だったんだね。ロムスチンを使うかまでの状態だったなんて、今のうっとりした顔で、いきつけのお店で焼き鳥まで食べちゃってるピーちゃんからは想像もできないですね。^^
本当によくがんばったよね、ピーちゃんもママさんもパパさんも。

投稿: marie | 2007年3月18日 (日) 22時12分

ポンボクさん
毎日ピースケと一緒に、東に向かって寛解パワー送ってるからね!
ポンちゃん、ポンボクさん。エイエイオー!

投稿: ピーママ | 2007年3月19日 (月) 07時23分

リンさん
こんなに長い記事全部読んでくれてありがとう♪
ピーちゃんの病院、ところどころ不満ありでしょ?
レシートもくれないし・・。良心的ではあるんだけどね。
リンパ腫になる前は、血液検査の結果もプリントアウトしてくれてたんだけど、治療中は全くなしだったの。もしかしたら、数値だけで患者をあれこれ惑わせないっていう配慮なのかな。って思ったりもするけど、実際のところどうなんだろうね(-_-;)
まぁ、今ピーちゃんが元気でいられるのは、この病院でお世話になったからだから、よしとしましょう!
琴ちゃんも1/4通院してたのね。同じ頃頑張ってたんだね♪

投稿: ピーママ | 2007年3月19日 (月) 07時31分

marieさん
最後まで読んでくれてありがとう(^_^)
そうだったね。marieさん、ちっちーちゃんと知り合った時は、ピースケもまだ治療中でした。
お互い励ましあいながら必死で闘病してたよね・・。
一緒に闘ってきたちっちーちゃんの分も、ピースケには頑張ってもらわないと。
こうして闘病中を振り返ってみると、辛い事も沢山あったけど、心強い仲間に支えられて乗り越えてこられたんだなーと実感します。
marieさん、ありがとう。

投稿: ピーママ | 2007年3月19日 (月) 07時38分

たくさんの治療を今まで頑張ってこられましたね。
見ているだけで胸がいっぱいになります。
これからもずっとずっと今のままでいられますように。
何よりも一番のお薬はママさん・パパさんの愛情ですよね。

投稿: ゆうか | 2007年3月19日 (月) 20時50分

ゆうかちゃん
ありがとうございます。
そうですね。一番のお薬は家族の愛情ですね。
この頃甘やかしすぎちゃって、少々わがままピースケになってきたけど、元気でいてさえくれれば何もいうことないです。
こんな小さな体で闘病頑張ってきたんだものね。
再発したばかりのころは、ゆうかちゃんには本当に勇気と力をもらいました。絶対忘れません。ありがとうね♪

投稿: ピーママ | 2007年3月20日 (火) 08時39分

ピーちゃんちっちゃい体で頑張ってきたんだね〜
ちょっとした先生の言葉に一喜一憂したりしてね・・・
本当、ピーママさんもピーちゃんも頑張ってきたね、あっ・・もちろんパパさんも。
こうしてたどってきた道を振り返ってみて見ると大変だったもんね。
ジョシュはすぐ再発して、その後何をやっても進行が止まることはあっても小さくはならなかったの・・
最終的には日本で2例目となる犬のリンパ腫のコへの放射線治療もしたけど、体力の問題でリンパ節は小さくなったけど体力が追いつかずだったの。
生きていくコと旅立つコの違い・・一言では片付けられないけど、治療のタイミングと判断、生命力
何より生きていくコがまだここに居る意味があるからこそなんだと思う。
希望の星のピースケ!これからも頑張るんだぞ〜〜!!

投稿: すみれ | 2007年3月20日 (火) 13時34分

すみれさん
闘病中の事を思い出すのは辛いでしょうに、ジョシュちゃんのことを書いてくれてありがとう。
すみれさん、ジョシュちゃんの為にできる事は何でもやったんですね。どんな思いで闘って来られたかと思うと涙がこぼれます。
ピースケがリンパ腫の告知を受けて、失意のどん底だった時に知り合ったのがすみれさんとジョシュちゃんでした。
とても前向きに頑張っている2人の存在がどれほど私とピーちゃんを勇気付けてくれたかわかりません。きっと、私だけじゃないはず。同じように勇気をもらったコは沢山、沢山いると思う。
ジョシュちゃんは自分に与えられた役割を立派に果たして、お空に昇ったんだね。
ピースケがどれだけの人達の心を救えるかわからないけど、のほほんと生きていく。それでいいんだよね。

投稿: ピーママ | 2007年3月22日 (木) 06時59分

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