昨日、ピースケがお世話になっていた動物病院へ行きました。
ピースケが亡くなった日から、ちょうど2週間後の2月26日に、解剖後の病理検査の結果が出たとの連絡をもらったので、詳しい話を聞くためと、先生方への挨拶も兼ねて、パパと二人で行ってきました。
ピーちゃんの死因ですが、結論から言うと不明です。
先生から説明された事、覚えている限り書きますね。
まず、亡くなる3日前に出していた血液検査(デオキシチミジンキナーゼ活性)の結果からは、リンパ腫の再燃は認められなかったそうです。全身的な所見、病理検査などからしても、最後までリンパ腫の再発はありませんでした。
各臓器の病理の結果ですが、腹水、胃の内部のびらん(胃潰瘍)、肝臓、膵臓の機能低下。膵臓の方は、糖尿病患者の末期に近いような値で、インスリンの分泌がほとんどないに等しい状態だったそう。それと、肺水腫と肺炎が確認されました。
但し、どれも直接死につながるような状態でとは考えにくいそうで・・。
肺炎に関しては、細菌性のものでも、アレルギー起因のものでもありませんでした。
病理の先生も、はっきりとは死因を特定できなかったそうです。ただ、病理の先生が気になっていたことで、肺の一部の細胞が変性していた(実際はもっと難しい表現でしたが、忘れました
)そうなのです。
稀に、抗がん剤の副作用で、そのような現象が起こることがあるそうです。でもそれは、肺癌の治療に使う抗がん剤の話で、リンパ腫のピースケに使用してきた抗がん剤(ビンクリスチン、シクロフォスファミド、アドリアマイシン、シタラビン)では例がないとか・・。
でも、過去に例がないとはいえ、どの抗がん剤も、言ってみれば毒なわけで、副作用で肺の組織が変性した可能性も否定はできないそうです。
過去の記録を紐解いてみると、抗がん剤治療を終えて、1ヵ月後から肺音の異常や、咳の症状が始まっていることからも、その疑惑は強まります。
思えば、抗がん剤を切ってから、亡くなるまでの2年11ヶ月の間、ずっと不可解な咳に悩まされ続けました。リンパ腫になるまでは咳をしたことなど一度もありませんでした。大きな病気をしたことで、抵抗力が落ちて、感染症に罹りやすくなってたのかと思ってたけど、結局肺炎の原因は、細菌でもアレルギーでもなかったし。
ここから先は、ピースケの主治医の憶測ですが、長期間にわたり抗がん剤を使用してきた事で、副作用として肺の組織の変性が起き、それが肺炎につながっていた。最後は肺炎により、何らかの分泌液等で気道がふさがれ、呼吸困難に陥った。そして、それがきっかけで、多臓器不全を引き起こし、それら複合的な要因が重なって亡くなったのではないか。だそうです。
先生の話を聞いて、私も納得できました。それが一番真実に近い気がします。
結局、抗がん剤を使ってリンパ腫を退治したことの代償なのでしょう。でも、あの時抗がん剤治療をしなかったら、ピースケはとっくの昔に亡くなっていました。
ピースケ、リンパ腫の寛解と引き換えに、肺に異常を抱えたまま、3年近くも頑張ってくれたんですね。
実は私、ずっと心に引っかかっていたことがありました。今年になってから、私がフルタイムで働くようになった事で、寂しい思いをさせてしまってました。そのストレスが引き金になったのではないかと・・・ずっと自分を責めていました。
先生にその思いを打ち明けたら、「ストレスが引き金になってというようなことはないと思います。」と言ってくださいました。私を傷つけないように気を使って言ってくれたのかもしれないけど、やっと心のモヤモヤが晴れました。
先生は、私達家族には失礼な言い方かもしれないけど、リンパ腫の再燃ではなくてホッとしたと仰っていました。
ずっと定期的に経過観察を続けてきて、その兆候は見られなかったし、見つけようがなかったって。
抗がん剤の影響で、肺に異常を来たしていたなんて、予測のつかないことだったと思います。
長い間親身になって診て頂いたことや、死因の解明に動いてくださったこと、本当に感謝しています。
ピーちゃんが亡くなってしまって、辛いけど・・・悲しくて、寂しくて仕方ないけど、リンパ腫を発症してからの4年間は、神様からの贈り物だったのかな・・。
この写真は、ピースケが亡くなった日の朝撮った物です。この写真、しばらく見ることができませんでした。今でもこの写真を見ると、呼吸が辛そうだった姿を思い出してしまって、胸が苦しくなるけど、でもこれがピーちゃんの生前最後の写真なのです。
ピースケは精一杯生きました。その生涯をかけて、私達に無償の愛をくれました。
今は、心の底からお疲れ様と言いたいです。
ピーちゃん、本当によく頑張ったね。
お疲れ様。そして、ありがとう。
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